夏からこっちの忘れ物?
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


      




煤けたアンティークランプに、ビロード張りのスツール、
グラスやボトルを並べた棚には、古びた置き時計を据えて、
ちょっぴりレトロなバーをイメージしたインテリア。
皓々とという明かりではせっかくのシックな雰囲気がつや消しなので、
黄昏色の明かりが灯されているのは こういう店のセオリー。
飴色のつやが出た一枚板のカウンターには、
上背もあって屈強な筋骨を隠しもしない、無地のTシャツを地味にまとって、
野性味あふれる褐色の肌をした、銀髪の壮年殿が立っていて。
当店のマスターにして、
すぐ隣の店舗で甘味処も営む彼は片山五郎兵衛といい、
大きな手に余裕を持たせてシェイカーを振ったり、
繊細華奢なグラスへ危なげなくマドラーを操って、
涼しげなソフトドリンクを仕上げてくれたり。
そうかと思えば、
ちょいと小粋な付き出しや肴を手際よく作ったりしてくれて。
見た目の体格に見合ってのこと、
ちょっぴり豪快なところも多かりしな人物なのに、
味や工夫の絶妙さは折り紙付き。
結構有名な“通人”が
誰にも教えたがらぬ店として こそりと贔屓にしているような、
チョー穴場のカウンターカフェ“八百萬”は、
昼間は甘味処を営む店主の、気分次第という不定期営業な店なので。
事前の電話確認と、出来れば予約なさるのが無難とされてもいて。
かくいう今宵も、マスターの知り合いのみでの貸し切り状態。

 「さようか。
  今日になってやっと、当人らの耳へ入ったか。」

七郎次と昨日逢ったおりには、
そのような何かを抱えているような素振りなぞ欠片も見せなんだので、
アンテナにさえ引っ掛からずにやり過ごせるかと思うたのだがなと。
そうはいかなんだらしい、センサーの感度のよさが、だが、
ぎりぎりのすれ違い、全て片付いてからという間のよさだったのへ、
胸を撫で下ろしたように口許をほころばせ、味のある笑みを浮かべたのが。
豊かな蓬髪を背中へと流すほど延ばした、
やはり屈強な体躯をした壮年の男性ならば、

 「こたびは ほんに済まなんだ。」

そんなお声を掛けて来たのが、
同じカウンターの止まり木に座していた、
こちらはやや鋭角な印象のする風貌の男性で。
詫びるような、いやさ礼を述べるような言いようをしたのへ、

 「いやなに、特に何かしら構えた訳でなし。」

礼を言われる筋合いはないさねと、
さらり返したのが島田勘兵衛という警視庁が誇る警部補ならば、
そちらは榊兵庫という外科医のせんせえだったりし。
線が細いと言えなくもない繊細さが出るのは、
医師という職業柄かも知れぬ。
医者もなかなか体力や図太い度胸などの要る仕事だそうだが、
それでも、こまやかな所に目のゆく注意力も不可欠であり。
そんな性分が時に裏目に出てか、
この顔触れで集まると、
豪胆なあとの二人の言いようへ
ついついツッコミを入れる役回りを担ってしまいもする、
自称“常識人”なれど。
微妙に毛色の異なる、
ついでにとある先入観もあってのこと、
あんまり印象もよろしくない顔触れだというに、
それでもついつい親しみを感じ、
顔を合わせる機会をわざわざ持ってしまいもする間柄。
というのが、

 「何でこうも、余計なところが前世並みの優秀さ、なんだかだな。」

夏休みの最中から、
例の女学園の周辺やQ街界隈に妙な人物が出没するとの噂が立った。
お嬢様学校として有名なそこへと通う、
ホテルJの経営陣、
三木コンツェルンの跡取り娘についてを嗅ぎ回っているようであり。
とはいえ、いかにも怪しいむくつけき男というのじゃあない、
モデルかコンパニオンでもやってそうな見栄えの、
ままうら若き女性というのが微妙に奇抜。
部活関わりでもない限り、
学生が通って来ない夏休みに訊き込みをするというところも、
何だか間が抜けており。
そうそう危険は無さげではあるものの、
いやいやそんな動きがあの三人のお耳に入ったら、
一体どんな騒動に発展するものか。
単なる好奇心からとかいう代物だったものを、
そのバックにいる恐持ての誰かまで引きずり出しかねんと、
やや大仰に恐れたのが、心配性な榊せんせえで。
まだ事件にも育ってはないし、被害届けも出てはなかったが、
どんな拍子でか表沙汰になる前にという心情は判らんでもなかったため、
せめて一体何が目的なんだろかと、一応素性を探ったところ、

 「まさか、あのボディガードのつながりだとはな。」

夏休みに入ったばかりの頃合いに、
あまりに危ないことばかりやらかすお嬢さんたちなのでと、
兵庫殿が久蔵へつけた護衛があって。
名家・三木家の令嬢だからというよりも、
好奇心旺盛なお友達からの感化か、
怪しい事案へ接しても、
身を躱すのではなく乗り出してしまう
困った性分になってしまったところを何とかするべく。
怪しいことには極力近づけぬようにすれば、
少しはマシではなかろか…と打った手だったのに。
護衛というからには、歯ごたえがある人でないとと、
護衛対象だったお嬢様3人が
屈強な二人ほどを手も無くひねったという事件があって。
そんなに嫌だというならばと、
已なくその後の護衛はお断りし、

 「向こうも向こうで、
  まさか女子高生にまんまと振り切られたなんてことが
  世間へ露見しては外聞が悪いからと、
  すんなり解約に応じてくれたのだが。」

よほど意外で驚き過ぎたものか、担当だった顔触れのどっちかが、
やってはいけない…クライアントの話を外部に漏らしたらしく。
それへ、連れのオンナが食いついてのこと、

 そんなじゃじゃ馬なお嬢様だなんて。
 こっちが外聞が悪いと思ったと同じほど、
 やっぱり言い触らされたら困るんじゃあないか?
 …なぞという 浅慮を抱いてしまったらしく。

相手の正体は、
それこそ警察による手腕を持ってすればあっさりと判明したけれど、

 「ごくごく一般の市民層だったなら、
  聞く耳持たずに放っておけというのが適切なアドバイスなのだがな。」

奇しくも、お嬢様がたも同じように捉えたこと、
こちらの大人の皆様もまずはと感じたらしかったものの、

 「ただ、今のあやつらには周囲への影響力というものがある。」
 「まあな。」

揺れるグラスの中で、かららんと氷が躍る。
本人の資質には関係のないこと、
困ったことよと苦笑をする勘兵衛へ、
さして遠くはない笑いようを返した兵庫には余計に感じられたのが、

 「訊き込みなんてことをやらかされて、
  周辺を騒がされては、そやつら以上に外聞に響く。」

今のみならず、のちのちにまで。
学生時代に何か良からぬ噂があったお嬢様だとされ、
それが各々の周辺の人々の将来にまで陰を落としたら?
大きなバックボーンだの、由緒正しい血統だの、
本人たちの恣意が働いて得たものじゃあないのは判っているが、
それでも、そういう影響力を馬鹿にしちゃあいけないのもまた事実。
いいトコのお生まれのかたがたもそれなりに大変なのだ。

 「ましてや…その女の動きが撒き餌になりでもして、
  余計な雑魚が引かれちゃあ困るしの。」

と、こちらは五郎兵衛殿が肩をすくめる。
実をいや、そこのところが一番の杞憂。
そんな格好で大物がよいしょと身を乗り出して来たといや、
昨年の故売屋組織がらみの一件がそれに近くって。
お友達のバンドガールの皆が怖い想いをしていたからといって、
深いところまで探らずとも、
ましてや関わり合いを持たなくてもいいことだったのに。
単なるボディガードの真似っこだけでも危なかったその上、
そんな背景まで掴んでおきながら、
大人へ報告しないで自分たちで何とかしようとした向こう見ずは、
さすがにこちらの皆様もどれほど肝を冷やしたことか。
そんな具合で、
下手すりゃ“待ってました”とばかりの意気揚々、
荒ごとになるのも意に介さずに、突っ走りかねないお嬢さんたちでもあって。
よって、外聞がどうのこうのの段階で、
実質 騒ぎにならぬまま不発鎮火してくれて本当によかったと、
三人共に安堵の吐息をついていたところ。

 “久蔵の場合、記憶が戻ったことが果たしてよかったと言えることなんだか。”

一言で言えば、どこか風変わり。
寡黙で自己表現が下手で、
大人しいという一言で片付けてもいいものか、
何か何処か、迷子になってたような感のあった無口な少女。
それが…前世の記憶というもの紐解かれて以降は、すこぶるつきに活発になった。
気心の知れた友達が出来たことも大きくて、
以前なら、うんか ううんかしかバリエーションがなかった“お返事”も、

 “今では…小首を傾げての5回以上の瞬きという、
  何のお話か分かりませんという高度なポーズも習得したほどだしな。”

その辺は間違いなく、七郎次や平八、
兵庫せんせえが 幇間と米侍と呼ぶあの二人からの影響なんだろうし。
もともと体を動かすのは好きだったのでとバレエなぞ嗜んでいたものが、
今や…どこで買い求めたものか、
木刀振り回しての素振りを始めたほどのおっかなさ。

 “………。”

だがだが、それを困った悪影響だと一蹴出来ないところが、
本当の“困った”なのであり。
彼女らと出会ったことで、久蔵はその性格も物の考えようも、
間違いなく いい方向へと改善されており。
他者や外部や将来への関心が起きたのは特に大きな進歩だったので、
それを思えば、一概に“あの子たちとは遊んじゃいけません”とも言いがたい。
ちょうど今、馬が合わぬはずなこの面々と共にいて、
だのに妙に気が休まる自分なのと同じようなものなのかも知れぬ。

  …って、
  ま〜だ勘兵衛様たちへ警戒心持ってんでしょうか、
  兵庫さんたら。
(苦笑)

スコッチのオンザロックに、ドライ・マティニ。
肴は旬のお造りと、スルメイカの一夜干しに、
オーブントースターでカリカリにしたチーズをからめたシーザーズサラダ。
そんな酒肴をアテにして、
ほんのつい先日、こそりと片付けたばかりな事案への、
余波余燼を検証していた大人たちであり。

 「とはいえ、どんな手を打ったのだ?」

問題の女性、不意に姿が見えなくなっていたので、
もしや…これ以上は嗅ぎ回るなとばかり、
どっかの大物が邪魔にして手を出したかとも危ぶんでおったのだがと。
五郎兵衛殿が新しいグラスを置きがてらに訊いたのが警部補殿で。

 「いきなり南半球なぞという遠くにいたのへは驚いた。」

徹底的 且つ完膚無きまでの包囲網を敷くのは無理として、
こたびは残念だが立件は見逃すとか。
それが嫌なら、雑魚が起こした小さな騒ぎとしての完結を導いて、
大物は別の機会に、
もっと罪科を積み上げて逮捕してやるさと構えるなんてな運び。
大人の世界には ままあることとはいえ、
だからと言って多用は選ばず、
ましてや取りこぼしから何かせしめるというよな なし崩しだのをあんまり選ばない、
そういう意味からの不器用さは相変わらずな御仁だが。
ちょっとした裏の世界への情報屋程度ならば抱えているかも知れず、
そっちを使って何か働きかけでもしたものかと暗に問えば、

 「それがな。儂にもよく判らんのだ。」

カウンターへ腕を載せ、軽く頬杖をついていた勘兵衛殿、
う〜んと少々背条を延ばすと、

 「向こうの女性もあくまでも一般人だったのでな。
  探られていた久蔵側からのクレームがあって初めて、
  その行動へ手が出せもするところ。」

民事不介入だなと、そこへは兵庫も頷いて見せたが、

 「一般人だと判るほどには、調べも進めておったのか。」

周到さや卒のなさが相変わらずだと、
うっかり看過しかかった点を拾い直して、油断も隙もないなと苦笑。
今回はそこが頼もしいところでもあったのだが、

 「目に余るようならば、何かコトを起こした折に、
  身柄確保へ発展させられそうな“埃”の一つも掴んでおきたくてな。」

ちょいと小ずるい言いようをしてから、
だがだが、そのまま少々考え込むように視線を逸らす。

 「だが、そうと取り掛かった矢先、
  不意に日頃の居回りから姿を消したのでな。こちらも焦ったさ。」

目をつけていたことへ気づかれたのだろか。
だとしたら、何かしら打って出る気か、
はたまた、警察にマークされた危険な女として始末されたかと危ぶんだところが、

 【 は〜い。こちらはバリ島でバカンス中の○○でぇ〜っすvv】

何とも能天気な姿で、情報番組の中のミニコーナー、
冬場にリゾートバケーションをという特集のリポーターとして登場したのだから。
勘兵衛に頼まれ、そちらでも様々にアンテナを張っていた征樹が、
たまたま見つけての報告して来た折は、

 「拍子抜けも甚だしかったのは、あやつら以上だったさね。」

大方、新しい稼ぎ先が見つかってのこと、
あっと言う間に目先の美味いもんへと飛びついたのだろうがなと、
くつくつと微笑った壮年殿であり。
大事に発展しなかったのは確かに重畳。
五郎兵衛も兵庫も似たような苦笑を浮かべたものの、

 “ああまで無名の娘が、
  そうそう容易く、あのようなグレードのスカウトや
  抜擢を受けるものではなかろうに。”

朝のワイドショートだとはいえ、
海外レポーター、しかも1年契約という堅いもの。

 『よほどのコネでもないと、ご指名なんてまずは不可能でしょうね。
  どんだけ候補生がいる世界だかは、勘兵衛様とて御存知でしょう?』

例えば親がかりで途轍もない資金を掛けていても、
陽の目を見られるのは一握りの選ばれた存在だけと判っていながら、
それでも…女性としての誇りの、最も深いところを刺激されてしまうのか、
芸能人だのモデルだの、そんな甘い言葉で誘われ、
汚い大人たちの毒牙にかかってしまう少女らは、
いつの時代にあってもその数が絶えぬ。

 “……となると。”

そういう方向から、手を回せる存在に心当たりがないではない勘兵衛でもあり。

 “良親、か。”

小癪なことをやりおって。
勝手な手回し、こっちからは恩に着たりはしないぞと、
掌の中へと持ち上げたグラスの中、
かち割りだったその輪郭が随分と丸くなりつつある氷塊へ、
囁きかける、元・北軍
(キタ)の白夜叉さんだったりするのだった。





    〜Fine〜  11.09.09.〜09.11.


  *男性陣の側の本音と言いますか、
   こういう飲み会を催していたら面白かろと思いましてvv
   何たって、あのお転婆さんたちの行状の凄さも、
   そこから生じる苦悩の深さも、
   重々理解し合ってる間柄ですものね。
(笑)

   そして、
   そうなんですよ、そういう真相が埋もれていたんです。
   やっとのこと大人たちが一矢報いたといいますか、
   他にもちょろちょろと、こういう事件はあったのかもですね。
   そう、もーりんが書かなかっただけで。
(笑)

   そして、こそりと暗躍中の誰かさん。
   結婚屋さんはそっちの筋へも顔が利くらしいです。
   ……いいのか、暗躍中の人がそんなんで。
(う〜ん)

  *それにつけても……。
   彼女らのあの跳ねっ返りっぷりは、
   もしかして…進展し無さ過ぎな何かへの、
   不満のはけ口なのかも知れませんぜ?

    「いや、そんなことを言われても。」
    「第一、まだ十六、七のお嬢さんたちが、そこまでは。」

    「………そこって何処だ?」(こらっ)


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